かにはいつから食べられていたのか日本史と進化史で徹底解説

日本でカニが食べられ始めた時期──室町時代の記録と江戸期までの変遷

最終更新:2025-12-31

「かに いつから食べられているの?」という疑問に、史料と漁業史、化石記録の両面から丁寧に答えます。地域名や呼び名の違い(越前ガニ・松葉ガニ・タラバガニ)も時代軸で整理し、確かな出典に基づいて要点をまとめます。

日本で「カニがいつから食用になったのか」という問いに対しては、まず室町時代後期に遡る一次史料が手がかりになります。福井の越前地域に関する展示資料によると、1511年(永正8年)に公家・三条西実隆が記した『実隆公記』に「越前蟹」の語が登場し、当時すでに珍重されていたことが示唆されますが、現代で言うズワイガニと断定できるかは不詳とされています(出典:越前町 織田文化歴史館)。この記録は「越前ガニ(ズワイガニ)」の歴史を語る上で最古級の根拠になり、少なくとも室町時代には食文化として認知されていた可能性が高いでしょう(参考:越前町 織田文化歴史館)。

一方で、実際の漁業技術の側面から見ると、沿岸の浅場中心の採捕から、安土桃山〜江戸初期にかけて徐々に深場に対応した漁が広まり、ズワイガニの安定的な水揚げにつながったとする地域史の説明があります。福井・三国湊の歴史を紹介する資料では、16世紀後半〜17世紀初頭の段階で深海の資源にアクセスできるようになり、ズワイガニが確実に漁獲されるようになったと伝えられています(参考:やまに水産 歴史ページ)。この変化は「食べられ始めた時期(室町の記録)」と「広く流通し消費が拡大した時期(近世の漁法発達)」の間にタイムラグがあることを示唆します。

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主要なカニの種類別年表──越前(ズワイ)、松葉、タラバの来歴

ズワイガニの歴史は越前の古記録に見えますが、呼称や産地ブランドは時代で異なります。名称の初出や産業化の節目を年表的に押さえると、各カニの「いつから」が見通しやすくなります。

越前ガニ(ズワイガニ)に関する古記録と確証の差

– 越前蟹の最古級の史料言及は1511年で、ズワイガニと断定できる確証は残りにくい一方、地域の食文化としての存在感は早期から示されています(出典:越前町 織田文化歴史館)。

– 安土桃山〜江戸初期に深場の漁が進み、ズワイガニの安定的供給が可能になったとされます(参考:やまに水産 歴史ページ)。

松葉ガニの名称が登場した文献(1782年)

– 山陰地方でズワイガニを指す「松葉ガニ」という名称は、1782年(天明2年)頃の鳥取藩『町目付日記』に登場するのが最古の事例と伝えられています(参考:松葉ガニ専業屋)。呼称の定着は江戸中後期で、地域ブランドとしての確立はその後の流通とともに強まりました。

タラバガニの漁業開始年(1905年)と区別

– タラバガニはヤドカリの仲間で、ズワイガニ(本ズワイ)とは分類が異なります。近代的漁業の本格化は根室地域で1905年(明治38年)、国後島沿岸での操業開始に始まり、缶詰加工による商品化が進んだと記録されています(出典:根室かにはん)。

– この年を境にタラバガニは国内外市場に乗り出し、ズワイ中心だった「蟹の食」の風景に多様性をもたらしました。

根室の1905年操業と缶詰化が拓いたタラバガニの産業化

1905年の根室地域における操業開始は、タラバガニを「鮮度が命の生鮮」から「長距離輸送可能な保存食品」へと転換させ、需要の地理的拡大を加速させました(出典:根室かにはん)。

当時の冷蔵・冷凍技術の制約を缶詰加工が補い、港での加工—出荷の垂直統合が成立したことで、首都圏や海外市場への安定供給が現実的になったのです。

根室での初期操業の経緯(1905年)

– 明治期の北洋漁業拡大の文脈で、根室—国後島沿岸でのタラバ操業が始まり、缶詰加工とセットで商品化が進みました(出典:根室かにはん)。

缶詰加工・流通による鮮度対策と市場拡大

– 缶詰は水揚げ直後の加熱密封により鮮度劣化を抑え、長距離流通を可能にしました。結果として、季節・産地の制約を超えた通年の流通基盤が整い、蟹の消費文化がより広い階層へ波及したと言えるでしょう。

– その後の外食産業や専門店の台頭も相まって、カニは「年末年始のご馳走」から「旅行先や贈答の逸品」へと定着していきました。

よくある質問(FAQ)

ズワイガニはいつから食べられていた?

  • 室町後期の1511年に「越前蟹」の記載が見え、近世初頭に漁法発達で供給が安定したと考えられます(出典:越前町 織田文化歴史館/やまに水産)。

カニの歴史はいつから始まった?(地質学的)

  • 化石記録では約1.8億年前のジュラ紀に出現し、三畳紀中期の痕跡も報告されています(参考:Wikipedia/Esquire Japan)。

越前ガニの最古の記録は?

  • 1511年の三条西実隆『実隆公記』に「越前蟹」の言及があります(出典:越前町 織田文化歴史館)。

松葉ガニの名前はいつから?

  • 1782年頃の鳥取藩記録『町目付日記』が最古とされます(参考:松葉ガニ専業屋)。

タラバガニの漁業はいつ開始?

  • 1905年、根室地域での操業開始と缶詰商品化が節目です(出典:根室かにはん)。

カニはいつ頃から地球にいたのか──化石記録と進化の要点

「かに いつから」という疑問は食文化だけでなく、生物進化にも広がります。化石の蓄積から、十脚目カニ類はおよそ1.8億年前、ジュラ紀に初めて出現したと一般に説明されます(参考:Wikipedia)。さらに近年の研究紹介では、三畳紀中期(ジュラ紀より古い時代)の痕跡も報告され、カニ類が水環境と陸環境の間を繰り返し行き来する進化パターンが議論されています(参考:Esquire Japan)。この「水↔陸の往復」は、甲羅や脚の形態進化、繁殖様式の多様化と結びつき、今日私たちが食用とするカニの多様性を生み出したと考えられます。

ジュラ紀・三畳紀の化石と出現時期の議論

– ジュラ紀出現説が教科書的な基準点である一方、三畳紀の痕跡報告が出現時期を押し上げる可能性を示しています(参考:Wikipedia/Esquire Japan)。

水陸を行き来する進化パターンとその意味

– 生息域の往復は形態と生理の適応を促し、多様な分類群の成立に寄与しました。食用種の大型化や歩脚の発達も、この適応史の文脈で理解できます。

地域別事例で見る漁業史──北海道(根室)、福井(越前)、鳥取(松葉)

福井(越前ガニ):三国湊と越前の記録

1511年の『実隆公記』に「越前蟹」として登場し、近世には三国湊を中心に深場漁の拡充でズワイガニの水揚げが確実化していきました(出典:越前町 織田文化歴史館/やまに水産)。

鳥取(松葉ガニ):名称の史料と地元文化

1782年頃の『町目付日記』が最古とされ、山陰の呼称として定着。冬の味覚としての文化的地位が近世後期から近代にかけて高まりました(参考:松葉ガニ専業屋)。

北海道(根室):近代以降の産業化と流通

1905年の根室でのタラバ操業と缶詰加工が、保存・輸送の課題を解消し、全国規模の市場形成を後押ししました(出典:根室かにはん)。

結論:『いつから食べられていたか』の総括と今後の検証ポイント

結論(問題提起への回答) 日本でカニが食べられていた確かな痕跡は室町後期(1511年)の「越前蟹」言及に遡り、ズワイガニ(越前・松葉)は近世初頭の深場漁発達で供給が広がりました。タラバガニは1905年の根室操業と缶詰化を契機に近代的産業として普及し、今日の食文化を形づくったと言えるでしょう(出典:越前町 織田文化歴史館/やまに水産/根室かにはん/松葉ガニ専業屋)。

研究上のギャップと今後の検証 1511年の「越前蟹」が現代の本ズワイに相当するかの同定、江戸全期を通じた都市圏での消費量の推定、近世以前の考古遺跡からの甲殻片分析などは、地域アーカイブや博物館資料の精査で前進が見込めます。一次史料の追加発掘と科学的分析(DNA・安定同位体)の導入が有効なアプローチでしょう。

— 注意点・実用的ポイント —

  • 産地名や呼称は歴史とブランドに根差すため、「越前=福井の本ズワイ」「松葉=山陰の本ズワイ」「タラバ=ヤドカリ類」という違いを意識して選ぶと、期待する食感・風味に近づけます。
  • 保存・流通の文脈を踏まえると、冷凍は現代技術で品質が安定しやすい一方、旬の活・生は輸送時間と温度管理の信頼性が鍵になります。信頼できる専門店や通販の品質保証を確認するのがおすすめです。

— まとめ —

  • 室町の史料(1511年)が日本の「蟹食」の最古級の手がかりで、近世の漁法発展と近代の缶詰・流通革新が現在の豊かなカニ文化を支えています。
  • 地質学的にはジュラ紀起源が基準で、さらに古い痕跡も議論されています。
  • 産地呼称の違いを理解し、目的とシーンに合った選択を心がけると満足度が高まります。

— 筆者メモ(経験に基づく補足) —

kani-tu.com編集部として福井・三国や鳥取・境港の競り場と産地直売を複数回取材し、冬の本ズワイは水揚げ直後の「身入り」と甲羅味噌の香りが群を抜く一方、遠方のご家庭には船上凍結品やボイル後即冷凍の扱いやすさも大きなメリットだと感じています。歴史的背景と現代の流通を併せて理解すると、ベストな買い方・食べ方の判断がしやすくなります。

参考